前回の記事で私は「模写をすればするほど上達するのは絵を真似する模写する力。考えて描く力は身につかない。」と書いた。だから絵は考えて描くことが必要だと。

 

前回の記事「模写をする意味はあるのか?絵は考えて描かないと上達しない!」

 

その記事を読んでくれた人は「模写って意味ないじゃん。じゃあ私は最初から考えて描くことからはじめよーっと。」と思われた方もいると思う。

しかし私は前回の記事の最後で「絵の勉強はまず模写からはじめないといけない。」と書いた。

さんざん考えて描かなきゃいけないと言っていたのにだ。

今回の記事ではその理由と模写の必要性を書いていこうと思う。

 




 

模写は「絵を見る目」を養う

 

絵を見る目とはどういうことか。

「一見するとただのラクガキのように見えるけど、じつはものすごい価値のある名画なんだよー。」と、なんでも鑑定団で重宝するようなお宝を見極める目利きのことではない。

私の言う絵を見る目とは絵の歪み、バランス、デッサンの狂い。これらがわかる目の力のことだ。

人間は左右対称にできている。左手が大きいけど右手は小さい。右足は長いけど左足は短い。そんなことはないよね。右と左、大きさも長さも同じにできている。

右目も左目も歪みなく、バランスよく顔に配置されている。

 

もちろんこれは人間だけではない。虫や動物のような生き物も、車や冷蔵庫のような物体も、ほとんどのものが左右対称でバランス良くできている。

それが美しいし、違和感なく見れる。

この「違和感」というのが私の言う絵を見る目に必要なものだということを覚えておいてほしい。

 

人間は左右非対称なものに敏感

 

左右均等に描かれている絵は違和感なく見れるが、そうではない絵は違和感を感じてしまう。

しかしそれは「何か変」「どこが悪いのかわからないけどなんとなく変」という曖昧なものしか与えてくれない。

絵を見る目が養われてない人は「なんとなく変」という違和感でしか感じとれない。いや、違和感ですら感じられないかもしれない。

しかし絵を見る目が養われている人は絵をパッと見ただけで

「ここ歪んでる」

「この肩の部分出っぱりすぎ。もう少し引っ込めたほうがバランスがとれる」

「右目の位置がおかしい。左目ともう少し離して」と、具体的に絵の悪い部分がわかるのだ。

この目さえ養われていれば自分で絵をかきながら「首の位置がおかしい」「腰が変」というように悪い部分を修正しながら描けるのだ。

だから絵を見る目というのは絵を描く上で絶対に必要なものなのだ。

 

歪んだ絵

 

絵を見る目が養われていない状態で絵を描くということは料理で例えると、味覚のない人が料理をするようなものだ。

料理は味見をしながら味を修正していく。しかし味覚がなければ味見をしても旨いのか不味いのかわからない。だから適当に調味料を入れていくしかない。

分量はメチャクチャ。出来た料理もメチャクチャだろう。

 

私が前回の記事の最後で「いきなり考えて描いてはダメ。まずは模写からはじめなさい。」といった理由はこういう理由なのだ。

絵を見る目が養われていない状態で絵を描いたってバランスの悪い、歪みまくって左右非対称なヘタクソな絵のできあがりだ。

そしてそのヘタクソな絵を見ても修正するところがありすぎてどこをどう直すべきかもわからないだろう。

そして次も、その次も、修正場所がわからないままそのヘタクソな絵を量産しつづけることになるのだ。

 

デッサンの狂った絵

 

だから絵が上手くなるためにはまず絵を見る力をつけるのは絶対条件なのだ。

 

模写とは絵の答え合わせ

 

ではなぜ模写で絵を見る力は養われるのだろうか?

ここに1枚の女性の写真がある。

 

綺麗な女性

 

この女性を模写したとする。

模写が終わったら当然写真と自分の描いた絵とを見比べるだろう。

この女性そっくりに描ければ模写が上手い。そうじゃなければヘタクソということになる。

最初はうまく描けないだろう。しかし模写はやればやるほど上達する。

私も最初はヘタクソだったが人物を模写しまくることによって正確に、スピーディーに描けるようになった。

これは脳の深いところに描きまくった人間の「形」が刻み込まれたからだと私は考える。

 

脳の深いところは潜在意識といって、ここに刻み込まれたことは少々のことでは忘れない。

私たちが言葉を喋り、理解し、忘れないのは、あるいは忘れてもすぐ思い出せるのは脳の潜在意識に言葉が刻み込まれているからだ。

 

潜在意識に刻み込まれた言葉

 

のかわり潜在意識に入れるためには何回も繰り返さないといけない。

模写が短期間で上達しないのはこのためだ。

そのかわり、何回も描いたものが形として潜在意識に入ればちょっとやそっとでは忘れない。

潜在意識に入りさえすれば模写を何年もやらなかったとしてもカンはすぐにとり戻せるのだ。

 

で、模写で絵を見る目が養われる理由だが、人間の形が潜在意識に入ったとしよう。

そうなると人物の模写はサッサッとすぐ描けるようになるわけだがそうなってから人物の絵を見ると、脳がその人物の絵と、脳の中の人間の形とを勝手に見比べてくれるのだ。

そして脳の中の人間の形に合ってない部分を

「鼻が顔の中心からズレてる。」

「頭が右側、ちょっとヘコんでる。」

「足が変なところから生えてる。」というように具体的な違和感として教えてくれるのだ。

 

それが自然とできるようになれば絵を見る目が養われてきた証拠だ。

 




 

昔描いた絵を見返すと下手だと感じるのは・・・

 

絵を描く人は経験があると思うが、昔描いていた絵を久しぶりに見返してみると「うっわ~下手だなぁ~」と感じたことはけっこうあると思う。

 

下手だなぁ~

 

描いていた当時は上手く描けたと思ってたのにだ。私ももちろん経験がある。

これは私が模写して1年目くらいの絵だが

 

渡かいと 模写1年目

 

当時の私は「すっげー! 上手く描けたー!」と思っていた。

しかし今見返してみると「ヘタクソやなぁ~」と本気で思う。この絵をどう修正すべきかもわかる。

これは絵を見る目が養われたからだろう。

 

漫画「バクマン」でこんなシーンがあった。

自分たちの描いた漫画がジャンプに載って喜んでる原作の高木をよそに絵を描いた真城はヘコんでいた。

 

喜ぶ高木、ヘコむ真城

 

「自分の描いた絵が下手なのがよくわかる。」と。

 

自分の絵が下手

 

絵を描かない高木と見吉は「真城上手いじゃん!」と褒めていたが、それは彼らが絵を見る目が養われていないからだろう。だから絵の悪い部分が見えないのだ。

真城は絵を描きまくっているので絵を見る目が養われている。

だから自分の絵の悪い部分が見えてヘコんでいるのだ。(この場合は自分の絵に個性がないからヘコんでいるようだが・・・まぁよしとしよう)

 

 

最後に

 

こうして絵を見る目について長々と書かせてもらったわけですが、絵を見る目というのは私の自論です。

何かの本に書いてあったわけではなく、漫画家になるために様々なことを試し、紆余曲折を得て導き出した私の結論です。

ですからこの記事を読んで異論をとなえる人もいるでしょう。もちろんそれもOKです。

しかし、絵を見る目というのは絶対にあるのです。それだけは自信をもって言えます。

 

で、絵を見る目なのですが、もしあなたが絵を描かない人ならば・・・この絵を見る目というのは持たないほうがいいかもしれません。

なぜなら絵を描けないくせに人の絵にダメだしばかりするイヤな奴になってしまう可能性があるからです。

 

バクマン 石沢

 

私は模写ばかりしていたので自分の考えて描いた絵はさっぱりでした。

しかし絵を見る目だけは養われていたので漫画を読むたびにデッサンの狂いが気になって友人に「このポーズおかしいよね。」「ここデッサン狂ってる。」などとダメ出ししてるアホでした。

バクマンで言えば「石沢」みたいな奴でしたね。死んでよし!

 

バクマン 石沢

 

友人にとっては自分のお気に入りの漫画をこのアホにけなされてさぞ腹が立ったことでしょう。

ですから私がボケたことをぬかすたびに「お前の絵より100倍上手い!」と言ってました。正論ですね。

皆さんにはこんなアホになってほしくないのです。いや、杞憂でしょう。

自分の絵より上手い絵をけなすなんて・・・万死に値する!

 

きっと私は嫉妬していたんでしょうね。漫画家の方たちに。

 

 

えー・・・で、今回は絵を見る目について書かせてもらいましたが、じつはもう一つ絵の上達について大切なことがあるのです。(いや、1つどころじゃないんですが)

前々回の記事で「絵はいきなり考えて描いてはダメ!そうすると下手になる可能性がある!」と書きました。

その理由を今回の記事で絵を見る目だと書きましたが、もう一つ理由があるのです。

それを次回の記事で書こうと思います。とても大切なことですので是非読んでほしいです。

今回も長文となりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

絵の勉強は模写から! 頑張ってくださいね。

 

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