前回の記事「漫画を描いての反省点。主人公の見た目、デザインは超重要!」

 

前回の記事に続き、今回も私が過去に描いた3作目の漫画の失敗、反省点を述べていきたいと思います。

 

今回の失敗、反省点は・・・『ネーム』

 

私の3作目の漫画「私の3作目の漫画「生きていれば」 渡かいと

 




 

ネームを甘く見るなかれ

 

「ネーム」とは、これから描く漫画の下描きといっていいもの。

 

 

ネームにはコマの構図、キャラクターのセリフ、キャラクターのポーズやしぐさ、表情など、ネームをどれだけ描き込むかは作者によって全然違うが、とにかくこれから描く漫画が大雑把に下描きしてあるのがネームだ。

 

そのネームを基に原稿用紙に下描き、ペン入れと、漫画を完成させていく。

 

しかしこのネーム通りに漫画を完成させるかというと・・・必ずしもそうとは限らない。

 

ネームではこういう構図にしたけど原稿への下描きでは変更したり、キャラクターの表情やセリフを改変させたりと・・・ちょいちょい変更させたくなる。

 

なぜ変更するかというと、漫画を描いてるときはロボットのように無心で描くわけではない。

漫画を描いてると、自分が今描いている漫画の世界に没入していくときがある。

心がそっちの世界に入り込むというか・・・。

いつもそうなるわけではないが、作業が長引くと集中してそうなる場合がある。

そうなると漫画の世界に入り込んでるせいか、キャラクターの心情などがよくわかるようになる。

 

「ネームではこういうセリフをしゃべってるけど、これだと口調ちょっとおかしいな。」

「ネームではこいつ笑ってるけど、本当はちょっと苦しんでるな。この表情はふさわしくない。」

 

微妙な変更から、大きな変更まで、いろいろと改変したくなる。

 

構図の方も下描きしてるときにもっと良い構図が思いつき、変更するというのはじつによくある。

 

しかし変更を加えるのはキャラクターや構図だけではない。

ストーリーそのものを変更したくなる時もあるのだ。

 

湧いてくる案

 

これはたぶん私だけではないと思うが、下描きをしてる最中にも漫画の案がいろいろ浮かぶ。

 

自分が今描いてる漫画のキャラクター同士の人間関係、キャラクターの過去、性格、設定、その後のストーリー展開など、浮かぶときはポンポン浮かぶ。

 

そういうときは下描きしててしんどくなる。

なぜなら今描いてる漫画をより良くする、もっと良い案が浮かんでくるからだ。

 

「コイツとコイツ、昔恋人同士だったって設定にすれば面白い展開にできるかも!?」

「この敵キャラクター、じつは〇〇が苦手っていう設定にすればもっと人間味のあるキャラクターになりそう!」

 

いろいろ湧いてくるときがある。

その湧いてきた案通りに変更すれば必ずしも面白くなるとは限らない。

むしろ逆効果になる場合も多いだろう。

しかし案が湧いてくるときはなんか、テンションが微妙に上がってる。

だからその案がとても良く感じてしまう。

 

その案を採用するためには今描いてる下描き・・・いや、ネーム自体をボツにして最初から描き直さないといけない。

それはめんどくさい。

だからけっきょく湧いてきた案を無視してネーム通りの下描きを続けることになる。

そうするとその漫画を完成させても悔いが残る作品になってしまう。

湧いてきた案通りに内容を改変させてればもっと良い漫画になってただろうにと悔いが残る。

じゃあ湧いてきた案を受けとめ、今あるネームを変更してその案を採用した漫画を描いたら本当に悔いが残らない作品になるのかというと・・・今回話すのがそのあたりに関係した失敗談。

 

バッドエンドって好き?

 

この3作目の漫画は私の1、2作目を描き直しての漫画だから1、2、3作目と内容が酷似している。

 

で、1作目、2作目共に最後は後味の良くないバッドエンドっぽくなった。

 

 

 

バッドエンドってけっこう嫌ってる人多いよね。

 

私はよほど理不尽でなく、ちゃんと話の筋が通ってるバッドエンドなら大好きだ。

 

ゲームの「FF13‐2」「零 紅い蝶(PS2バージョン)」のエンディングなんかは救いがなく、叩く人も多かったが(とくにFFは叩かれてたね)私的にはちゃんと話の筋が通ってると思うし、そうなりそうな伏線もちゃんと張ってあったので素晴らしいエンディングだと思っている。

 

 

 

とくに「零 紅い蝶」のエンディングは何度見ただろう?

儀式に手を染めてしまい、守るべきはずだった姉を絞め殺してしまった絶望感は・・・何度見ても鳥肌が立つ。

 

 

 

バッドエンドって時にグッドエンドをはるかに凌駕するほどの印象を残すよね。

 

で、私の3作目の漫画もじつはバッドエンドにするつもりだった。

ネームもバッドエンドのものを描いていた。

しかし最後はグッドエンドというか・・・気持ちのいい終わり方をした漫画になったんじゃないかと思う。

 

 

これは私が途中でラストを変更したからだ。

 

セッ〇スシーンの下描きも終わり、(私の1~3作目はエロ漫画)さぁここからキャラクターを自殺させて2人を地獄に突き落とすという展開を描こうというとき、別の案が浮かんだ。

もっと希望のある終わり方が。

 

なぜその案を採用してしまったのかというと・・・その理由を説明すると長くなるかな。

なので一旦置いといて・・・とにかく採用してしまった。

 

その結果が今回の失敗談。(その失敗を早よ話せ)

 




 

気分でネームを変えるな

 

セッ〇スシーンが終わり、これから2人で自殺しようかというシーンからネームをガラッと変えた。

 

 

これから2人で自殺して絶望にまみれるシーンを救いのあるものへと。

 

その結果・・・私が強く失敗したと感じてるのが主人公。

 

 

前回の記事でも話したが、私はこの主人公があまり好きではない。

それは読者にもそう感じさせるために、セッ〇ス中に主人公の人格を変貌させた。

何かとても嫌な感じに。

 

 

その嫌な感じの人格はセッ〇ス後も続く予定で、この嫌な性格の主人公を地獄に落とすことで読者にちょっとしたスッキリ感を与えるつもりだった。

善人が地獄に落ちるのは後味が悪いだろうから。

 

しかし私はこの主人公を地獄に落とすことをやめ、救いのある最後にした。

嫌な人格も修正し、セッ〇ス後はスッキリした良い人格に変えた。

 

その結果残ったのが、この変わりすぎた人格の違和感。

 

 

まぁ、初めてのセッ〇スなんて男は興奮して人格変わるのは当然だし、(白い液体)発射後の「賢者タイム」には欲望が抜け落ちるから、これまた人が変わるのも当然なのだが、やはり一連の漫画として見てみると・・・この変わりようには違和感を禁じ得ない。

 

こういう人格の変化は例えて言うなら極悪のかぎりをつくした悪の親玉が、いきなりなんの前触れもなく心変わりするような・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このようないきなりのキャラクターの変貌には読者も「作者の中で一体何があったんだよ!?」と戸惑ってしまう。

 

もちろん私のはそこまでひどい変貌ではないが、漫画として最初から最後まで読んでみると微妙なキャラクターの変化でも違和感を感じるんだよね。

だからこの漫画は私の中で失敗作なのだ。

 

おわりに

 

ネームを途中で変えるのはこのように、それまでのキャラクターの心情や性格、設定など無視するものになりかねない行為になりえます。

そのときの気分でネームを変えるのは危険極まりない行為なんです。

だからもし変えるのなら、ちゃんとネームを最初から読み返して違和感のないように変えてくださいね。

 

それと変えたネームは少し時間を空けて冷静な頭になってから見返してみること。

そうするとけっこう違和感やおかしな点など見つけることができますので、冷静な頭で見返すことは絶対行ってください。

 

 

それでは今回はここまでにしたいと思います。

この失敗談があなたの漫画の参考になってくれれば幸いです。

 


 


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