前回の記事「ネームをその日の気分で変えるな!キャラクターがおかしくなる!」

 

前々回の記事から私が過去に描いた3作目の漫画の失敗、反省点を述べています。

 

前回の記事では私の3作目の漫画の結末をバッドエンドからグッドエンドに変えたと言いました。

今回は変えた理由をお話し・・・するつもりだったんですが、記事の内容を考えてたらどんどん違った方向に記事が出来上がっていきました。

 

今回は作家にとっての「心」の大切さというか・・・何というか・・・え~っと・・・

 

すいません。

うまく言えないのでとりあえず読んでみてもらえると助かります。

 

前々回の記事「漫画を描いての反省点。主人公の見た目、デザインは超重要!」

 

前回の記事「ネームをその日の気分で変えるな!キャラクターがおかしくなる!」

 

3作目の漫画「私の3作目の漫画「生きていれば」 渡かいと」

 




 

漫画は作者の心が生み出す

 

せっかくバッドエンドの結末ネームをつくったのに、私はその漫画を下描き中に別の結末に変えることにしました。

 

なぜわざわざ変えたかというと・・・気分です。

 

バッドエンドではなく、グッドエンドを描きたい気分になったからです。

 

 

それだけ。

 

 

・・・いや、この「気分」っていうの、作品を生み出す作家にとってはとても大切なものなんですよ。

この気分一つで漫画の作風、生み出すキャラクターの思考が変わるといっても過言ではないんです。

 

 

ちょっと話は変わりますが、昔私が漫画家を目指してるとき、こんな言葉を目にしました。

 

「歳をとった作家は作品が道徳的になる」

 

少年誌では作家は年寄りではなく、若い人を使いたがります。

理由としては「若い人の方が、若い読者の子供たちにより近い感覚の漫画を生み出すことができるから。」だそうです。

 

しかしもう一つ理由があります。

それが「歳をとった作家は作品が道徳的になるから。」

 

歳をとった作家の漫画や小説はなんか、説教くさいものになる場合が多いんだそうです。

 

「若い人は自由に生きてるからダメだ! それだと将来苦労するぞ!」

「その考え方は間違ってる! 考え方を変えなさい!」

 

年寄りが今の若い人の気に入らない点を作中の物語やキャラクターを使って、変えるよう訴えかけたりするのだそうです。

そんな説教くさい漫画は少年誌では受けないし、扱いづらいのだとか。

そんなことをどっかの本で読みました。(何の本だったかな?)

 

ですが必ずしも歳をとった作家がこうなるというわけではないです。

作者自身の生きた歴史、今の生活状況、環境、そして作者の今の気分次第で生みだされる作風は年齢を問わず変わります。

とくに作者自身の今の生活環境と気分。

 

同じ人が生み出すにしても、その作者の心次第で作風やキャラクターの性格、心情は大きく変わるんです。

 

作者が今幸せか、否かで作風は全然違ったものに

 

あの大人気漫画『NARUTO』で「大蛇丸」というキャラクターがいましたが、彼は最初とても狂気じみていた。

 

 

人を殺すことを意に返さない感じで、術の探求のために、自分の欲望のために多くの同郷の人間を実験体にした。

 

 

果ては自分が住んでいた里すらも滅ぼそうとし、恩師を殺しもした。

 

 

 

こういう狂気じみたキャラクターは漫画を盛り上げるためには必要だと思うし、少年ジャンプでも多くの新人漫画家が読み切りや連載でこういうキャラクターを生み出していた。(ほとんど打ち切りになっていったけど・・・)

こういう野心をもったキャラクターは作者自身の「ぜったい売れてやる! 大物漫画家になってやる!」という野心あふれた心とリンクして生まれるものではないかと私自身勝手に思っている。

 

そんな大蛇丸がNARUTO連載終了間近に再び登場したのだが、あの狂気はどこへやら・・・?

まるで牙の抜け落ちた獣のように突然丸くなっていた。

 

 

サスケの体を奪う目的はどうした?(でもあの落ち着いた心の大蛇丸も好き)

世界を平和へと導くために力を貸してくれて、一緒に戦ってもくれた。

 

NARUTOという漫画は最後は世界平和のために皆が一丸となって戦い、次の世代へと平和を託す気持ちのいいラストを迎えた。

 

 

 

大物作家が長い間描きつづけた漫画のラストは「平和・平穏」へと向かうものが多いと思う。

歳をとった作家の漫画はとくに。

殺伐とした心を持ったキャラクターがいつの間にか心に平穏を宿している。

それは作者自身の心がそうなったからに他ならないと私は思う。

 

 

漫画家を目指していた頃とは違い、連載を続けることで作者は人気、人望、尊敬、お金を得ていく。

それらは作者の心に余裕をもたらしてくれる。

そんな作者のつくる物語は自然と争いのない平和、平穏へと向かっていくのだろう。

 

人気、人望、尊敬、そしてお金が人の心に余裕と平穏をもたらしてくれることは今の芸能界を見ててもなんとなくわかる。

芸能人の「有吉弘行」「坂上忍」「マツコ・デラックス」なんかは昔と今とでは全然違う。

昔はもっと目つきが鋭くて、素で毒舌を吐いていたが、今はニコニコして毒舌を吐く機会はめっきり減った。

笑顔と和やかな空気が今のテレビには求められてるのだろうが、今の彼らは無理して笑ってる感じがしない。

きっと余裕が彼らの心の闇を落としてくれたのではないかと思う。

 

子供を授かると作者は変わる

 

作者の作風を変えるきっかけはもう一つある。

それは子供を授かることだと思う。

 

これは私の考えだが、作者は結婚して子供ができたら殺伐とした作風やキャラクターが変わっていくと思う。

それは『ハンター✕ハンター』の冨樫先生を見てもそう思った。

 

冨樫先生は「幽遊白書」連載から右に出るものがいないほど悪役キャラクターを生み出すのが上手かった。

冨樫先生の生み出す悪役は極悪ながらも魅力的なキャラクターが多い。

 

 

 

仙水戦ではとくに黒い世界を生み出していた。

 

 

 

これは冨樫先生自身の性質が生み出したものでもあるが、ギリギリの締め切りの中、過酷な労働環境に追い詰められて荒んでいったそのときの冨樫先生の「心」が生み出したのだとも思う。

 

 

 

そんな冨樫先生はハンター✕ハンターの連載中に結婚された。

そして子供を儲けられた。

 

その後「蟻編」で描かれていた王「メルエム」は最初こそ残虐なキャラクターだったが、その後考え方が変わった。

力あるものに一目置き、部下を重んじ、最後は「コムギ」との感動的な最後を迎えた。

 

 

これは作者の中で大きな心の変化があったからなのではないかと私は思う。

 

子供ができたときはその子に何かを託したくなる。

それは自分が生み出してきた黒い物語ではなく、もっと光あるものを与えたくなるのではないだろうか?

その子が大きくなって、自分の漫画を読むことがあるのなら、もっと光ある物語を読ませたいと思うのではないだろうか?

そんな心境も含めて作風が変わるのではないかと私は思うのだ。

 

 

私も妹が結婚して3年前に姪っ子ができた。

毎週日曜にはほぼ必ず姪っ子を連れて来るのでいつも相手をさせられてブログの作業ができない。

仕事に行くまでの2~3時間相手をさせられ、それからヘトヘトの状態で仕事に行かなければならないもんだから毎週日曜は正直しんどい。

それでもその子を可愛いと思ってる自分に驚いている。

私は子供が嫌いだと思っていたのに、この心境の変化には私自身驚いている。

私の安月給の中からその子に毎週お菓子やおもちゃを買い与えてる自分がいる。

その子を見ていると、漫画やゲームでよく見る「次の世代に託す」という気持ちがわかる気がするのだ。

子供ができるということは作者の心に必ず変化を与えるものだと思う。

 

 

・・・まぁ、自分の子供が反抗期に入って憎たらしくなったらまた作者の心に変化が現れると思うけどね。

 

・・・黒い方向に。

 




 

作風の変化も含めてそれはすべて作者のつくった物語

 

漫画とは作者が生み出す世界。

だから作者の心次第で必ず作風は変わる。

 

心に余裕がある人は美しい世界を生み出すことができる。

逆に余裕のない人は殺伐とした世界を生み出すだろう。

 

漫画家になってもずーっと売れなくて、収入の低さから奥さん子供に逃げられて、今にも不人気から打ち切りが決定しそうな漫画家さんがいたら、彼はきっと美しい平和的な漫画など描けなくなるだろう。

描いたとしてもその世界に自分の心が拒絶反応を起こし、どんどん黒い作風へと変貌を遂げていくだろう。

だから作家にとって心の管理はとても大切なものだと思うのだ。

 

 

しかし心がどうであれ、作風がどうであれ、その作品を生み出したのは紛れもない作者自身に他ならない。

だからたとえ連載しつづけている漫画の作風が変わりつまらなくなったとしても、作品が劣化したととらえず作者の心の変化だと思って楽しみたいものである。

 

 

私の漫画は1、2作目がバッドエンドのような終わり方だった。

3作目もそうなる予定だったが、3作目の下描き中にグッドエンドに変えることにした。

それは人生思い通りにいかない私の心の闇に、一筋の光が差しこんだから変えたい気分になったのかもしれない。

まぁ、気分一つで展開が変わるほど私の漫画が薄っぺらかっただけかもしれないが。

 

今の私の心ならどんな漫画が描けるだろうか?

 

 

・・・こんな漫画が描けました。

 

また時間があったら40ページくらいの漫画を描いてみたいものである。

 

 

・・・・

 

 

いや、やっぱめんどくせーわ。

 

 

今回の記事ではいったい何が言いたかったのか?

 

ブログだって漫画と同じ。

すべては私(作者)の心次第。

気分次第。

 

うまく伝わったのなら幸いである。

 

おしまい。

 


 


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