前回の記事「木村俊介の『漫画編集者』という本の感想と紹介(前編)」

 

前回の続きです。

前回の記事から『漫画編集者』という本を紹介しています。

 

この本は、5人の漫画編集者にインタビューしています。

最初にインタビューされた編集者さんの内容については、前回で詳しくお話ししました。

 

今回は2人目以降の編集者さんのインタビュー内容ついてお話しします。

 

まだ前回の記事を読んでない方は、こちらの記事から読んでみてください。

 

木村俊介の『漫画編集者』という本の感想と紹介(前編)

 

2人目、三浦氏【ヤングマガジン】

 

三浦さんは「マガジン」という有名雑誌に所属していることもあり、有名な作家さんを担当していたこともけっこうあったようです。

そんな作家さん達とのエピソード話が印象的でした。

 

 

三浦さんは大学を卒業して講談社に入社。

はじめの四年間は【ミスターマガジン】という漫画誌の編集部にいた。

 

 

 

【ミスターマガジン】では、『ドカベン』で有名な水島新司先生の『野球狂の詩』や、

 

 

野中英次先生の『課長バカ一代』などを担当。

 

 

 

水島先生からは「何かネタはないか?」と訊かれ、「試合開始に間に合いそうもないピッチャーが、電車内でキャッチャーとキャッチボールして肩をあたためる」というネタを提供すると、

 

「それ、採用だよ」

 

漫画の神様と謳われるような人が、自分のネタを面白がってくれたのが感動だったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【週刊少年マガジン】へ

 

『課長バカ一代』の野中先生とは、長い付き合いになる。

 

『課長バカ一代』は【ミスターマガジン】に1996~2000年まで連載されていた作品。

大して内容のない話を、真面目な顔で語り合うギャグマンガ。

 

 

 

そんな漫画を描く野中先生が、珍しく真面目な話をしていた時があった。

 

「いままで漫画にちゃんと打ちこんでいなかったけど、俺、もうちょっと漫画に真剣になろうと思うんだ。」

 

その二週間後に【ミスターマガジン】の休刊が決まる。

 

「すみません。休刊です・・・。」

「せっかくやる気になったのになぁ。やっぱやる気なくなったわ。」

 

その後、野中先生は三浦さんの異動先が決まるまで待って、その雑誌に一緒に行くといってくれた。

「こんな感動的なこと言う人だったっけ?」と驚いた。

異動先は【週刊少年マガジン】に決まった。

 

「やりましょう!」

「あ、ソレ無理だわ。俺の笑いが子供にわかるわけない。」

 

あの感動はなんだったのか・・・。

 

『魁!!クロマティ高校』開始

 

なんだかんだ言っても少年マガジンについてきてくれた野中先生に、「不良漫画を描いてくれませんか?」とお願いする。

 

「ムリだ。」

「俺は不良が多い学校にいたからわかるけど、本当の不良は学校に来ないから。」

「三年の時、クラスの半分ぐらいは教室にいなかった。」

 

野中先生が不良を笑いにして描いてくれれば絶対面白くなると確信した三浦さんは、

 

「不良が描けないなら、不良の恰好だけさせて、あとはサラリーマンみたいな会話をさせてくれれば十分です。」

「会社員も不良もヒエラルキーの中に納まって生活してるのは同じだし、それなら『課長バカ一代』と一緒でしょう?」

 

「それならできる」

 

少年マガジンに異動して、たった3ヵ月で『魁!!クロマティ高校』の連載が決まる。

 

 

 

2000~2006年まで連載し、ヒット作となる。

 

2002年には講談社漫画賞少年部門受賞。

その後、アニメ、ゲーム、小説、映画にもなる。

 

 

そんなヒット漫画だったが、連載をやり始めた頃は「くだらねぇのやりやがって」という声も編集部内からは聞こえてきたそうだ。

 

「一生懸命くだらねぇことを考えてるのに、なんてこと言うんだろう」と思ったそうだ。

 

『スクールランブル』開始

 

作者の小林尽先生に「1980年代の【週刊少年サンデー】の世界観をマガジンでやらないか?」と提案。

「内容はギャグなんだけれども、連載しているうちに、ある日突然ギャグから恋愛に転がってもおかしくないようにしていったらいいんじゃないか?」など話し合い、

 

そして生まれた『スクールランブル(School Rumble)』

 

 

 

いまでこそ、ショートギャグは女の子ものばかりという勢いになっているが、当時の少年マガジンにはなかったので、「女の子だけのコメディなんてダメだ!」と、なかなか連載させてもらえなかった。

すごく自信のある企画だっただけに、連載会議では厳しいことを言われてショックを受ける。

 

しかしこの作品もまた、アニメになったり、ゲームになったりとヒット作になる。

 

女の子がたくさん出る漫画だが、それぞれのキャラクターを作者、三浦、後輩編集者の3人で分けて担当し、それぞれが担当キャラの性格などを決めていたそうだ。

「どの子のパンツを見せていいか」なんて相談もしていたらしい。

 

三浦さんは「全員ダメ!」と主張し、パンツはNGとなった。

 

 

『監獄学園』担当

 

その後、【週刊ヤングマガジン】に異動になった三浦さんは、平本アキラ先生の『監獄学園』を4巻ぐらいから担当することに。

 

 

 

『監獄学園』で有名なシーンといえば、8巻に収録されている「緑川 花」とのキスシーン。

 

 

 

非常に濃密にキスをしていることで話題となったが、本当は一度キスをするだけの場面だったらしい。

それを三浦さんが、

 

「3話使って描いてほしい」

 

「なんで3話なんですか?」

 

「あの一話、まるまるキスしかしてないじゃん! って言われたいんです」

「3話もやれば、真ん中の回は絶対キスしかしないぐらいになるはずなので」

「連載の中でも突出した回、いわゆる「神回」と言われるようなものにできるんじゃないかと」

 

「・・・やってみます」

 

出来上がったのは、戦いみたいなものすごいキス。

 

 

 

こちらの無茶な注文を平本先生は見事叶えてくれた。

 

 

平本先生は画力がどんどん上がっていってる。

そのことについて三浦さんは、「あまり上手くなりすぎない方がいいんじゃないですか?」と伝えている。

写実的に上手すぎると硬い印象が強くなって、笑う余地、隙が減ると思っているから。

特にエッチな場面の時にあまり緻密で上手く描きすぎると、いろんな方面から怒られてもしまう。

 

なので何度か、上手すぎない方向への修正をしていただいているそうだ。

 

 

3人目、山内氏【ビッグコミックスピリッツ】

 

山内さんは、休刊になった【ヤングサンデー】の話が印象的だった。

 

雑誌はいろんな人が関わって作っている。

その「家」ともなるような存在が無くなってしまったショックは非常に大きかったそうだ。

その経験から、編集者としての考えが大きく変わった話をされている。

 

 

最初に所属されていた雑誌は【ヤングサンデー】

 

 

 

当時は漫画や雑誌が売れている時代だったから、編集部は漫画を売ることに対してのほほんとしていた。

しかしネットが出来て、若者の娯楽が移り変わり、漫画の人気は急落。

雑誌の休刊が相次ぐようになる。

多くの人が関わっている【ヤングサンデー】という雑誌ですら休刊になってしまった。

 

休刊について、もちろん編集部は抵抗した。

編集部としては寝耳に水だっただけに「なんで勝手に決めるんだ!」と、編集部全体で会社の上層部と戦った。

それこそ役員に対して、殴りかからんばかりに怒って。

 

しかし戦っていたのは上層部も、他の部署の人達も同じだった。

営業セクションにいる友人からこう言われる。

 

「山内たちは、自分たちがすごく頑張って戦ったと思ってるだろうけど、その前段階で制作とか資材とか、他の部署の人達が雑誌を存続させようとして、必死にシミュレーションしてくれていたんだよ。それ、知らないでしょう?」

 

それを聞いて、自分の周りに対しての見えてなさにショックを覚える。

雑誌は会社内でいろんな人たちが関わって制作している。

自分の見えていないところで頑張っている人たちがいる。

そういう人達との垣根をなくし、皆で一丸となって漫画を売った方がいい!

 

そういった思いもあって、異動した先で連載を立ち上げた漫画は「本の出版」の話になった。

 

『重版出来!』開始

 

異動となった先の雑誌は【ビッグコミックスピリッツ】

 

 

 

そこに移ってから、昔から注目していた作家、松田菜緒子先生に「スピリッツで漫画を描いてほしいです」と手紙を書いてお願いする。

ちょうど松田先生が他社でやっていた連載が終わると聞いて、「かけもちではなく、小学館一本で連載ができます」と言っていただける。

 

松田先生には漫画編集者の話を描いていただくことに。

しかし出来上がったネームは、漫画編集者である山内さんにとって違和感のあるネームだった。

 

松田先生は漫画編集者について詳しく知らない。

だから完璧にイメージで描いてるだけの感じだった。

 

山内さんは編集者について、自分の生活も含めて詳しく松田先生に教える。

そして、「一緒に働いている営業だったり、製版所の方だったり・・・漫画の出版に関わっている仕事をしている人間は編集者以外にもたくさんいるので、想像で描くんじゃなくて、きっちり取材しませんか?」と提案。

「ぜひ取材してみたいです」

そこからいろんな人に取材する。

 

「漫画家は編集者に原稿を渡した後、読者の手に届くまでにどんな人が関わっているのかぜんぜん想像がつかなかったんだけど、自分の後にこんなにたくさんの人がいるんだってことを知って、本当に漫画を真剣に描かなきゃっていう思いをあらたにしました」

 

そんな松田先生の思いと、いろんな人の協力のもと、『重版出来!』という漫画が出来上がる。

 

 

 

「重版出来(じゅうはんしゅったい)」とは、出版に関わる誰にとってもおめでたい言葉。

 

 

書店員の協力も大きい

 

書店員は本を売る立場の人間。

どの本が売れそう、売れなさそうと、本のチェックは欠かさない方々。

 

しかし今は昔に比べて雑誌というものの宣伝力が弱まっている。

さらに漫画自体も数が増えた。

これだけ膨大に漫画の作品数があると、書店員ですら把握しきることは難しい。

なので『重版出来!』の単行本が発売される前から積極的に宣伝していく。

 

その甲斐もあって、第一巻が出ると書店員のみなさんがツイッターやブログで「売るよ!」と感想をくださったりした。

単行本特設コーナーを作ってくださったり、それを写真に撮ってツイッターにあげてくださったり。

 

書店員さんは売る側のプロとして、いろいろな工夫を展開させてくれた。

 

 

自身も積極的にツイッターで宣伝

 

山内さん自身も積極的にツイッターで、関わった漫画の宣伝をしたり、読者の方々との交流をしている。

「目立ちたがり屋か?」と思われるくらいツイッターで活動している。

そうでもしないと買われないどころか、漫画の存在すら知ってもらえないのだ。

 

それは大学生から受けた取材で痛感した。

とても頭の良い学生さん達だったので、どんな本を読んでるのかと思い、「ふだん、本を読みますか?」と逆に質問してみた。

 

・・・まったく読んでいないとのこと。

雑誌も新聞も漫画も読まない。

 

では、常日頃の空き時間に何をしているのか訊いたところ、

 

「友達とつながっていたいから、ツイッターとかフェイスブックで友達の動向を見ています」

 

大学生だから理解もできるが、この方々がこのまま社会人になったら、急に本を読みだすかといったら・・・そうはならないだろう。

「このままではまずいな」と危機感。

 

だからこそ、何を思われようと積極的に漫画の宣伝をするようになる。

伝えないと漫画は読者に届かないから。

 

旧小学館への「ラクガキ大会」

 

2013年に取り壊しになった旧小学館ビルの壁に、漫画家さんたちが自由に絵を描いた「ラクガキ大会」が話題となった。

 

 

 

そのラクガキ大会に、山内さんは大きく関わっている。

 

このラクガキ大会は一般の方々に公開されることになったが、最初からイベントとして行おうと思ったわけではない。

「あとは取り壊されるだけだから、何やってもいい」みたいな空気に編集部がなり、フロアの柱のところに後輩編集者が下手くそな絵でドラえもんの落書きをしたのがきっかけ。

それをツイッターに載せてみたら、『クロサキ』などで知られる黒丸先生が「描きたい!」とリプライしてくださった。

 

それから小学館に来た藤子不二雄Ⓐ先生にダメもとで「オバQ」をお願いしたら描いてくれた。

 

浦沢直樹先生もラクガキのことを聞いて、描きに来てくださった。

 

積極的に作家さんを誘ったわけではない。

「こんな意味のわからない、ギャラも出ないものに担当作家さんを誘えないよ」と、むしろ消極的だった。

ツイッターから話題となったこの出来事は、ニュースやワイドショーでも取り上げられ、お盆の時期もあったことから、またたく間に広がっていった。

 

この一連のイベントについて、山内さんは本書で詳しく話してくれている。

 

 

次回でラスト

 

今回は2人目、3人目の編集者さんについてお話ししましたが、あと二人いらっしゃいます。

記事を作る前は、3記事にもわたって紹介することになるとは思ってなかったんですが、漫画の話は好きだからつい・・・ね。

次回で終わらせますんで、興味のある方は是非次回も読んでいってください。

 

よろしければ、本の方もよろしくお願いします。

 

 

次の記事「木村俊介の『漫画編集者』という本の感想と紹介(後編)」