前回の記事「木村俊介の『漫画編集者』という本の感想と紹介(中編)」

 

前回の続きです。

前々回の記事から、『漫画編集者』という本の紹介を続けてますが、今回の記事でその紹介を終えようと思います。

5人の漫画編集者にインタビューしている内容の本です。

 

 

前回、前々回の記事を読んでない方は、この記事から読んでみてください。

 

木村俊介の『漫画編集者』という本の感想と紹介(前編)

 

4人目、熊氏【Gファンタジー】

 

熊さんの話している内容は、部数の落ちた【Gファンタジー】という雑誌をいかに生き残らせるかに奮闘した内容が主だった。

その中でも『黒執事』で有名な「枢 やな」先生との奮闘話がとても面白かった。

 

 

 

熊さんは漫画編集者になる前に、漫画家を経験している。

 

大学時代に就職するのが嫌で、自分が過去に漫画が好きだったこともあり、大学3年生から漫画家を目指してみることに。

「ヤング」と名のつく青年漫画誌に投稿してみたら、ある新創刊の雑誌で、大学4年の時期に連載させてもらえることになった。

4コマ漫画で4ページものを。

 

しかし、始まって4回目ぐらいでネタ切れに。

そして10回で打ち切り。

 

その雑誌では、ショートギャグというジャンルは「若手にチャレンジさせてみるけど、結果が出なければ別の若手にすぐ交替」という趣旨だった。

原稿料もショボく、「なんでこれでご飯が食べていけるんだろう?」という金額の明細書が届く。

その体験を得て、漫画の道は難しいと実感。

 

その後も就活から逃げるように漫画を描いてはいたが、最終的には「漫画編集者」を目指すことに。

エニックス(合併後はスクウェア・エニックス)に面接。

自分が描いた漫画を見せてみたら入社が決まった。

 

 

【月刊Gファンタジー】へ

 

【Gファンタジー】という雑誌は、知らない人も多いかもしれない。

 

 

 

【月刊少年ガンガン】という雑誌なら知ってる人も多いだろう。

 

 

 

そのガンガンと同じ会社が作っている女性向けの雑誌だと考えてもっていい・・かな?

 

入社初めの頃の熊さんのしていたことは、原稿を取りに行って帰ってくるだけ。

あと雑用とか。

 

当時のGファンタジーはベテラン作家が多く、彼女ら(女性作家がほとんどだった)の作業スピードがとても遅い。

それでいて描く漫画はピンとこず、たいして面白くもないと感じてたらしい。

 

配属された雑誌にしても、今は好きだが、当時はそうでもなかった。

「なんでこんなところにいるんだろう? 辞めようかなぁ」という気持ちだったが、編集者が少ないのでどんどん忙しくなり、辞めるタイミングを完全に逃した。

 

【Gファンタジー】自体人気がなく、部数は急激に低下。

ベテラン作家たちも、どんどん他社に行ってしまう。

 

「このままじゃマジでつぶれるぞ!?」

 

という焦りから、編集部内で部数の落ち込みを防ぐ防御策を講じる。

雑誌のアンケートをくれた人へのプレゼント企画を豪華にしたり、出ていったベテラン作家に一枚だけエンタメコラムをお願いしたりした。

 

相変わらず仕事の遅いベテラン作家たちだったが・・・。

 

アンソロジーコミックを売る

 

会社の売り上げを少しでも補うために、「アンソロジーコミック(ゲームやアニメの同人誌みたいなの)」に力を注ぎだす。

無名の作家たちに、売れているゲームの漫画を一人6P(ページ)とか8Pとか描いてもらい、一冊の本にして出版していた。

ゲームのファンの人達が買ってくれるので、出来は良くなくてもそれなりの部数が稼げた。

 

しかし、それも難しくなっていく。

 

理由は、あまりにもアンソロジーコミックを作る会社が増えたのが一つ。

もう一つは、ゲーム自体が売れなくなっていったこと。

 

雑誌もアンソロジーも収益がヤバいので、編集部と営業の人との信頼関係は完全に崩れていた。

編集会議に営業の人が入ってきて、「マジでどうにかしないと潰れるよ!?」と毎月言われる始末。

 

今では考えられないが、当時の新連載の目標が「単行本になった時に、3万部売れるもの」だった。

3万部程度ですら、夢のように語られていた時期だった。

 

 

Gファンタジーだけでなく、会社内の他の雑誌もヤバくなった。

実際に休刊になった雑誌も出てきてしまう。

 

Gファンタジーでは、出て行ったベテラン作家たちを引きとめる努力をしていた。

しかし、同じく苦しくなっていた【月刊少年ガンガン】では、「新しい作家さんたちとやろう!」と方向転換。

 

そしてできたのが、荒川弘先生の『鋼の錬金術師』

 

 

この漫画が、あれよあれよのうちに大人気漫画に育っていった。

 

雑誌の方向性がわからなくなる

 

Gファンタジーは、いつ休刊になってもおかしくない状態になってしまった。

雑誌を続けて読んでくれる人が少ないものだから、1回で楽しめるギャグを載せたら、だいたいアンケートで上位になってしまう。

 

そして、雑誌を買ってくれる人の属性も変わっていってしまった。

 

Gファンタジーは、9割が女性読者だった。

しかし、女子に人気のあった作家がどんどん抜けてしまったので、世間での「萌えブーム」に乗っかって、萌え漫画を載せてみることにした。

それが人気が出てくれたので、雑誌としてはなんとか首の皮一枚つながったが、雑誌の目指すターゲットがわかりづらくなってしまった。

 

ほとんどの執筆者が女性で、掲載漫画も女性向けが多いんだけど、雑誌を新たに買っていってくれる人たちは萌えが大好きな男性・・・みたいな感じになっていった。

 

コミカライズでさらに方向性を失う

 

雑誌の危機的状況に、熊さんは新たな対抗策を立てる。

 

美少女AVG(アドベンチャー・ゲーム)は、ゲームの売り上げは高くなくても、アンソロジーまたはオフィシャルコミック(ショートギャグではなく、連載形式の漫画)は売れるという情報をつかんだ熊さんは、

 

「某有名美少女AGVの新作コミカライズ(小説・アニメ・ゲームの漫画化)を取りにいこう!」

 

ゲームの制作会社さんにコミック化の交渉を必死にお願いし始める。

 

「某18禁ゲーム、いずれはコンシューマー化(家庭用ゲーム機化)しますよね? した時の一番最初のアンソロジーの権利をください!」という電話をしまくった。

ゲーム会社の方も「い、いずれ・・・」なんておっしゃってくれて。

 

そうやってはじめた男性向けコミック連載の一つがうまくハマって、アンケートで2位を獲得。

しかしこの偉業に対し、別部署の上の人から褒められるどころか注意される。

 

「【Gファンタジー】はそういう雑誌じゃないのに・・・」

「このあと、やばいぞ」とも言われた。

 

その言葉の意味はその頃わからなかった。

「俺だけがちゃんと仕事してるんじゃないの?」としか思っていなかった。

 

のちに『黒執事』を描いてくれる枢やな先生に出会い、『Rust Blaster』という作品の連載が始まった時に、さっきの「やばいぞ」の意味が分かる。

『Rust Blaster』はとてもいい作品だった。

 

 

にもかかわらず、アンケートの人気が出なかった。(コミックスは売れた)

 

彼女の描く漫画は女性向けの漫画。

元々Gファンタジーは女性向けの雑誌だったはずが、萌え漫画を載せ続けることで、読者が男性寄りになってしまったのだ。

枢先生の漫画はBLではなかったけれど、読んでいる読者にはBLに見えたようで、アンケートで「BL、来んな!」「BL、きめぇ」みたいに言われた。

 

せっかく枢先生という作家が育ったのに、Gファンタジーでアンケート勝負することが難しくなってしまう。

ここから熊さんと、枢先生とのGファンタジー奮闘激が始まる。(詳しくは本書で)

 

5人目、江上氏【IKKI】

 

江上さんはいろんなベテラン作家を担当しておられた。

作家には変わった人も多く、彼らとのエピソード話や、所属していた【IKKI】という雑誌の休刊話が印象的だった。

 

 

江上さんは小学館に入社して、最初は漫画の編集者ではなく、オーディオの雑誌に配属された。

【サウンドレコパル】という超マイナー雑誌。

 

 

 

そこで2年働いていたが【ビッグコミックスピリッツ】に異動になった。(後に副編集長に)

 

 

 

「せっかく仕事を覚えてきたのに・・・嫌だなぁ」と思ったらしい。

しかも漫画の編集者なんだから、さらに嫌だと思ったらしい。

 

理由は、江上さんは漫画を読まないから。

漫画というものがわからないのだ。

だからスピリッツに異動してからは、漫画の勉強を始めた。

 

漫画を読まないのは、編集者になった今も変わらない。

仕事としては読むし、勉強もするけど、プライベートではほとんど読まない。

だから江上さんにとって、作家のネームを読むのはしんどい作業のようだ。

 

そのネームが面白いならいい。

しかし面白くなかった場合、これがすごく大変になる。

 

つまらないことをどう伝えればいいか?

どこまで直してもらうか?

いっそ全部ボツにしてほしいこともあるけど、どう伝えれば納得してもらえるか?

 

喫茶店で「どう話すかなぁ・・・」と、小一時間悩むらしい。

こちらがサッと見て返した代案なんて、「そんな選択肢はとっくの昔に捨てて今のネームがあるんだ!」という場合もあるだろうし・・・。

 

江上さんが担当する作家が、新人作家なら言いやすいかもしれないが、担当するのはほぼすべてが大御所やベテラン作家だった。

だからなおのこと言いにくかった。

 

担当した作家は大御所から

 

【スピリッツ】に異動になって、最初に担当した作家は大御所ばかりだった。

大御所作家なら作風が確立された方々なので、内容がブレる心配もないから新人に任せたりする。

 

ある大御所作家はマネージャーを雇っていた。

そのマネージャーを介して作家とやりとりする。

「今夜いっぱいで原稿が上がるかもしれないので、いつでも来られるようにしておいてください」と言われ、その方の事務所の近くでずっと待ってる。

携帯電話がなかった時代なので、こちらから定期的に連絡して「そろそろできそうです」「できました」となったら取りに行く。

もちろん原稿を渡すのはマネージャー。

 

別の作家では仕事の合鍵をもらって、深夜、誰もいない仕事場の机に置かれた完成原稿を回収する。

本人には会えないので、いただいた原稿の感想メモを残して帰るが、こちらからの意見はまったく取り入れてはもらえなかったそうだ。

 

自分で連載を立ち上げなければ、そういった大御所の担当を離れられないというのが当時の編集部内の慣例でもあった。

「意見のやりとりができる人とはじめたいな・・・」

そう思って連載立ち上げに力を注ぎ始めた。

 

立ち上げた連載もベテラン作家がほとんど

 

江上さんは、立ち上げた連載のほとんどが中堅、ベテラン作家だった。

いろんな漫画を読んで、「この漫画なんかいいなぁ」と思った作家さんに連絡し、スピリッツで描いてもらえるようお願いする。

 

ベテラン作家だと顔が広い人も多い。

その人が別の人を紹介してくれて、作家との新たな付き合いが始まる。

面白い漫画を描ける作家さんの知り合いは、やっぱり面白い漫画を描ける人が多かったので、その人にも連載をお願いする形になって、新人の作家を育てることはあまりしなかったそうだ。

 

だからってベテラン作家と組めば、必ずしも面白い作品が出来上がるわけではなかった。

上手くいかないことも多々あった。

 

江上さんは新人、中堅、ベテラン、どの作家が良いとかのこだわりはなかった。

ただ、江上さん自身が「この人の漫画、なんか良いなぁ」と思える人でない限り、連載を立ち上げてもどうせ失敗するよなという考えがあったのだ。

 

一番しんどい打ち合わせ

 

作家には「変人」と呼ばれるような人も多い。

そんな人たちは、作品と向き合う姿勢が普通の人とは違う。

取材の力の入れようも半端ではなく、変態の漫画を描くなら変態の取材をしたり、自身も変態の恰好をして変態パーティーに出席したりする。

それに編集者は付き合わないといけない場合もある。

 

江上さんが打ち合わせで一番つらいと感じたのが『サルでも描けるまんが教室』

 

 

作家の「相原コージ」先生と「竹熊健太郎」先生が出演し、漫画について熱く語りあっているが、打ち合わせでも本当に自分たちを追い込んでいる。

8時間以上ファミレスで夜を徹して語り合ったり、相原先生の家で10時間以上語り合ったり・・・。

良いアイデアができるまで必死にねばるのだ。

 

この打ち合わせに出席したある作家は、この時のことを「ゲロを吐くかと思った」と言っている。

 

その打ち合わせに、とにかくひたすら付き合うしかなかった。

睡眠時間も少なく、生活はメチャクチャになったらしい。

 

 

編集者を辞めたいと思ったことはない

 

編集者という仕事は、合わない人には本当に合わない。

どこまでが編集者の仕事で、どこまでがそうではないかの境界線が非常にあいまいだ。

そこらじゅうに「えー? それも編集の仕事ぉ?」みたいな業務が待っている。

 

だから、すぐに辞める人も多いそうだ。

江上さんの同期で一番優秀な人が、一番最初に辞めちゃったり。

向かない人には向かない職業。

 

しかし江上さんは編集者を辞めたいと思ったことは一度もないらしい。

 

江上さんは人間があまり好きではないそうだ。

でも変な人間には興味がある。

 

「そういう独特で自分の好きな作家が、面白い作品を作るためだったら、どこまでが自分の仕事かわからなくなってもいいや」

 

いつの間にかそう思うようになっていたそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に

 

『漫画編集者』という本を3記事にわたって紹介してきましたが、全部読んでくれた人はいるのかな?

これでもだいぶ削ってるんですよ。

一番面白いと感じた『黒執事』の連載立ち上げの話や、【IKKI】休刊の話も。

 

IKKIという雑誌は私、何作か漫画描いて投稿したこともあるんですよね。

 

 

編集者から電話をいただいたこともあります。

私にとって思い出深い雑誌でもあるんですよ。

そのあたりのことも含めて、IKKIという雑誌についてはいずれ記事にしてお話ししようと思ったので、今回は省きました。

 

今の漫画業界は、雑誌という媒体を必要としなくなってきています。

昔は雑誌を介してじゃないと漫画を発表できなかったのが、ネットで簡単に発表できちゃいます。

編集部がGOサインを出さないと漫画を載せられなかったのが、今は個人で簡単に公開できます。

 

pixivで自分の漫画を公開して爆発的な人気に発展し、アニメ化になった漫画だってあります。

 

 

 

編集者が面白いと判断しなくても漫画を発表できるのです。

だからこそ、「編集者は必要なのか?」という疑問にぶつかっている現役編集者の方は多いようです。

 

インタビュアーは今回取材した編集者すべてに、その疑問について訊いています。

「いらないといえば、いらないよなぁ」という答えがほとんどでした。

 

ですが、描いた漫画を世間に発表するお手伝いはできる。

個人でやるより、よりいっそう広く世間に伝えることはできる。

そんな思いを強く感じました。

 

『漫画編集者』という本、私的にはとても面白かったです。

漫画編集者だけでなく、漫画家を目指す人にもオススメです。

 

「編集者という人達は何を考えて漫画に関わっているのか?」

 

そこのところを知ってるのと知ってないのとでは、打ち合わせにも大きな違いが生まれると思います。

興味のある方は是非、読んでみてください。

 

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 

 

次の記事「2019年の抱負。YouTube進出はやめてブログで頑張ってみます」