前回の記事「漫画の見開きページは原稿用紙をどう使って描けばいいの?」

 

2017年 12月末から、私は再び模写を始めることにした。

二度とするまいと思った模写を。

なぜまた再び模写を始めるようになったのかの理由などを今回からお話ししていこうと思います。

 

私は正直・・・模写を舐めていた。

私が長年やってきた模写は、模写であって模写ではなかったのだ・・・。

 

 

本当の模写をわかっていなかった

 

※最初ちょっと模写とは関係ない話を語りますが、なぜ模写を再び始めたかの理由でもありますので、読んでくださるとありがたいです。

 

2015年の10月から、今皆さんが見てくださっているこの「リネイシア」というブログを始めたわけですが、2016年の3月から5記事にわたって、絵の上達法みたいな記事を投稿した。

 

1記事目「絵が上手くなるためには模写だ!そう信じ模写を続けた5年間」

 

2記事目「模写をする意味はあるのか?絵は考えて描かないと上達しない!」

 

3記事目「絵の練習、勉強は模写から!絵の歪み、デッサンの狂いがわかる目を」

 

4記事目「絵の描き方は手が覚えていく!絵の描き方を覚える方法」

 

5記事目「絵が上手くなるための方法がこれだ!絵が上達するベストな勉強法!」

 

この記事に書いてある絵の上達理論みたいなものは、誰かから聞いたり、何かの本に書いてあったりとかではない。

私が漫画家を目指していた2006年~2013年の間に独自で考えついた理論だ。

なぜこんなこと考えついたかというと、私は絵が上手くなりたかったからだ。

誰よりも。

 

そして・・・

 

楽して絵が上手くなりたかった。

 

私は人間の可能性というものは、まだまだ全然未知数だと思っている。

とくに「脳」

 

世の中には「天才」と呼ばれる人たちが少数いるが、その人たちは脳の効率的な使い方を産まれながらに知っているだけであって、凡人とさほど変わらないのではないか?

凡人と呼ばれる人たちであっても、脳の正しい使い方さえマスターすれば、天才になりえるのではないか?

・・・と、私は希望的に考えている。

 

学校の勉強にしてもそう。

学校の勉強が出来る子供たちは、親や塾の先生から効率的な勉強の仕方を習い、それを実行しているから勉強が出来るのであって、勉強のできない子供たちは、親や身の回りの大人たちから勉強の仕方を習えていない。

だから勉強の仕方がわからない。

勉強したとしてもありきたりな方法でしか勉強できていない。

だから学力が伸びない。

「脳を効率的に使った勉強法を教えてもらえてるか、もらえてないか」・・・この差が大きいと思っている。

 

絵の勉強もそう。

多くの人が昔から「画力を伸ばすためには模写をすること」だと教えているが、

それは伸びる方法がまだ模写しかわかっていないからであって、まだまだ人類が見つけられていない模写以上の画力を伸ばす「脳の学習法」みたいなものは必ず隠されているはずだ。

・・・と、私は確信的にそう思っていた。

 

そして漫画家を目指していた間中、その隠されてるであろう方法をずーーーーーーーっと探してた。

本当に飽きもせず、ずーーっと。

 

人と同じことをやっていたのでは、人と同じようにしか画力は伸びない。

なら、私が独自で模写以上の画力上達法を見つけてやる!

そしてそれを見つけたら・・・

 

誰にも教えない!

誰にも教えず、私だけがその勉強法をし続けて神絵師と呼ばれるような存在になってやる!

そして羨望の眼差しを受けながら、その方法は誰にも教えず墓場までもっていく!

 

そう誓って、毎日毎日飽きもせずダラダラと絵の上達法を考えていた。

 

それと、私はなまけものだ。

産まれながらのめんどくさがりや。

絵が上手くなりたいとか言っておきながら、絵を描くことをめんどくさく感じていたので、何かこう・・・寝ながらでも絵が上達する方法はないものかとも考えていた。

絵はイメージでも描けるものだ。

目をつむって、瞼の裏にイメージでこう・・・絵なんか描いて、寝ながら上達できないかとも考えていた。

そしてそのまま寝たりもしてた。(ダメじゃん)

 

「楽をしたい」という考えは軽蔑されそうだが、「楽をしたい」と考えることで人類の文明は発達してきた。

楽して移動したいから「自転車」ができて「車」ができた。

テレビのスイッチをいじるのがめんどくさいから「リモコン」ができた。

事務的な仕事を楽にするために「パソコン」ができた。

そしてもっともっと楽できるように、年々パソコンや携帯は発達していく。

いかに楽をするかという考えこそが、人類を進化へと導いたのだ。

だから楽したいという考えは、勉強や仕事、作業の効率を上げるチャンスだと思っている。

 

そんな私があーだこーだ考えた末に導きだした、絵の基本的な上達法や理論を説明したものが上記で紹介した5つの記事。

この5記事の理論は、私がダラダラと考えていたものではあったが、漫画家になりたいとか言いながら、漫画そっちのけでいろいろやって導き出した理論でもあったので、正直言って自信はあった。

ただ、この記事を投稿した頃の私のブログは、ほっとんど見てもらえていないような状態だったので、記事の内容は真面目には書いたが、ちょっと手を抜いた記事になっている。

説明不足な部分もあると思っている。

 

そんな記事ではあったが・・・なんかメッチャ伸びた。

はてなブログでブックマークされたりとかして、知らぬ間にいろんな人に見てもらえるようになってた。

 

それでなんかわからんうちにGoogleとYahoo!の検索エンジンで私のブログが「模写」というキーワードで1位をとったりなんかして(いずれ抜かれるだろうけど)「模写」で検索かけた多くの人が私のこの記事を見るようになった。

 

 

キーワードで1位とはつまり・・・GoogleとYahoo!が「「模写」の記事を書くなら、こいつ(私のこと)が一番信頼できる記事を書くだろう」と判断したということ。

 

これは大変名誉なことではあるが・・・困ったことにもなった。

このおかげで閑古鳥が鳴いているような状態の私のブログは、多くの人が見てくれるようなブログにはなった。

しかし・・・多くの厳しいコメントもいただくようになってしまったのだ。

 

レベルの低い模写を自慢げにさらす

 

厳しいコメントをいただくようになった理由は、私が描いた模写をさらしたからだ。

その模写が・・・これ。

 

 

 

この下っ手くそな模写。

しかもこの下手くそな模写をさらしながら

 

私はこれだけの模写を描けるようになった!」

「でも模写をするだけでは画力は伸びなかった!」

 

など、まるで模写を極めたかのような発言をしていたのだ。

当然叩かれる。

 

「模写下手くそすぎ。本当に5年も描いたのか?」

「これが模写? この程度の模写、何も気づけてない!」

「前提として全く模写できてないレベル」

 

いろんなコメントが来た。

今でも来る。

中には美大生出身者の方や、絵の講師の方、プロのデザイナーとして活躍している方からのお説教コメントなんかも来た。

 

正直・・・内心イラっときていた。

これらのコメントが来るたびに「うるせーうるせー」と思いながらも最初はヘコヘコしながらお返事書いていたが、そのうちしんどくなってきて・・・今では読むだけに留めている。

 

素人どもが・・・何もわかっちゃいねーなー。(プロの方々だっつーの)

模写はある程度は画力が上達するが、ある程度に達したらそれ以上は伸びなかったんだよ。

これが約5年模写し続けた私の結論なんだよ。

 

そう思ってこれらのコメントを聞き流してた。

しかし・・・中には私の模写をバカにするコメントではなく、「本当の模写とは何か?」というのを詳しく解説してくださったコメントもあった。

 

「模写とは、髪の毛一本一本まで正確に描く」

 

美大出身者の方は、自身の体験談も交えて、本当の模写とは何かを語ってくださった。

 

「模写するならば完コピ(完全コピー)しましょう! 表面だけではないですよ。ディテールまで命がけでです。本質がつかめていれば模写は無意味ではありません。」

 

完全コピー?

完全コピーねぇ・・・。

 




 

模写の完コピ? それって意味あんの?

 

「鉛筆画」というものがある。

鉛筆一本で描かれてる絵のことだが、これはレベルが高い人は本当に高い。

細部まで正確に描かれていて、写真と見紛うほど鮮明に描かれてる絵も多い。

 

 

 

 

 

私は・・・正直に言うと・・・本当に失礼なことを言うが・・・

 

そんな絵を描かれる人たちのことをバカだと思ってた。

 

そんなに細かく細部まで描いてどうすんの?

写真と見紛うほどの絵って・・・だったら写真撮ればいいじゃん。

コピー機使えばいいじゃん。

 

ネットでは写真のように鮮明に描かれている絵を見て、このようにバカにする人がけっこういた。

大変失礼な話だが、私も同意見だった。

 

一つの絵に何百時間もかけて模写をする。

で、写真とまったく同じような絵の出来上がり。

 

・・・何百時間も使ってコピー機の真似事ですか?

本当に暇だよね。

 

そんなド失礼なことをずーーっと思ってた。

 

そんなド失礼なことを思いながら、私は私で更なる絵の上達法を探しつづけていた。

漫画家を諦めてからも、このブログをし続けながらもずーーーっと探し続けていた。

 

で、とあることを基本として、様々なアレンジを加えながら「それ」をし続けていた。

漫画家諦めてから2014年~2017年の末までずーーっと。

 

何をやってたかって?

笑っちゃいますよ?

楽したい。

めんどくさい。

そんな愚かな私のバカな上達法ですよ。

 

それはまぁ・・・後に語りますが、その方法では画力は伸びなかった。

ちょっとは伸びたが、それ以降ずっと伸び悩んでいた。

だったらそんな方法やめりゃいいのに、楽してできるからって理由で・・・いつまでもズルズルと・・・。

 

やっぱ・・・楽して絵が上手くなる方法なんてないんじゃないか・・・?

 

そんな結論に行きついていき2017年の終わりごろ、私はもう一度模写に目を向けだした。

模写が画力上達のカギとなる可能性に、もう一度賭けてみたくなったのだ。

 

 

 

数年ぶりに描いた私の模写は・・・

 

私は模写についてわかったようなこと言ってたけど・・・私の模写ってどの程度のレベルだったっけ?

私はもう長いこと模写をしていなかった。

流す程度の模写ならやったこともあったけど、本気の模写ってどれぐらいやってなかったっけ?

たしか・・・2010年くらいに模写に見切りをつけたから・・・7年くらい?

 

上記で載せた模写は記事用にサッサーっと描いてしまった模写だ。

本気ではない。

 

じゃあ超久しぶりに、私の本気の模写をお見せしようじゃないか。

 

というわけで、2017年末に描いた模写をお披露目しまーす。

 

 

 

 

 

・・・・

 

 

ちょっと待って!? ちょっと待って!?

 

いやー・・・勘が鈍っちゃってるなぁー。

なんせ7年ぶりのまともな模写だからなぁー。うん。

これはウォーミングアップだよ?

ウォーミングアップ。

 

次が本気。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

あれ?

いや、ほんとに勘が鈍っちゃったなぁー。

なんせ7年ぶりだからなーほんと。

そりゃ勘も鈍るよね? うん。

 

次こそ本気。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

すいませんでしたぁーーー!!

偉そうなこと言ってすいませんでしたぁぁーーーー!!!

 

 

7年ぶりだから鈍った勘はそんなに簡単には戻らないと思う人もいるだろう。

そんな優しいフォローをしてくれる人もいるだろう。

ありがとう。

・・・でもちがうんだ。

模写の勘ってけっこう簡単に戻るもんだわ。

それに思い出したんだ。

思い出したんだよ。

これこそが私の模写だったんだ。

7年まともにやらなくて・・・私はいつの間にか自分の模写を美化していたんだ。

これこそが・・・私が当時描いていた本気の・・・いや、

 

私は本気だったのか?

今まで私は本気で模写をしていたのか?

 

いろんな方がコメントくださった。

 

その人たちのような本気の模写を本当にし続けていたのか?

血のにじむような?

細部まで鮮明に?

 

 

・・・しなかったろうがよ!

 

 

やっとわかった。

やっとわかったよ。

私の画力が止まった理由が。

私がこの程度の模写で満足してしまったから、これ以上伸びなかったんだ・・・。

 

写真のように鮮明に模写する人をバカ?

コピー機の真似事!?

時間の無駄!??

 

できるのかよお前に!!

そんな鮮明な絵を描けるのかよお前に!!

 

その領域に到達するのに、いったいどれだけの模写をしたのだろう?

どれだけの時間をかけ続けたのだろう?

 

その領域に到達したら見えるものがあるんじゃないのか?

その領域に到達して初めて、模写の必要性を語れるのではないのか??

 

 

すいませんでした。

本当にすいませんでした。

模写・・・もう一度やってみます。

 

駄作を量産する模写ではなく、1絵1絵に時間をかけた、高みを目指す模写を!

 

 

続きます。

 

 


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