前回の記事で私は「絵が上手くなるにはまず模写からはじめて絵を見る目を養わなければならない」と書きました。
前回の記事「絵の練習、勉強は模写から!絵の歪み、デッサンの狂いがわかる目を」
そしてその記事の最後で「もう一つ、絵の上達のために大切なことがある」と言いました。今回はそのもう一つの大切なことについて書いていきます。
絵の上達とは手が絵の描き方を覚えるということ
絵が上手い人ってまるで魔法使いのようだと思いませんか? 彼らは1枚の白い紙にサラサラと美しい絵を描きあげてしまうのだ。
絵が下手な人にとってそれは魔法のようだろう。
「絵の上手い人の頭の中はどうなってるんだろう?」気になったことはありませんか?
私は絵の勉強をしてた頃「きっと絵が上手い人は頭の中に写真のように描きたい絵を鮮明にイメージできているにちがいない。」
そう思ってた。
しかしどうやらそれは違うようだ。
絵が上手い人も絵を描くとき、頭の中に薄ぼんやりとしか描きたい絵をイメージすることしかできないようなのだ。(しっかりとイメージできる人もいるようですが、それは特殊な人だと思います)
それなのにサラサラと美しい絵を描くことができるのはなぜか?
彼らは絵の描き方を覚えさせているのだ。
頭に? ちがう。 手にだ。
手が絵の描き方を覚えていく
手が覚えていくのだ。
顔の描き方、目の描き方、服の描き方、車の描き方、家の描き方etc。
頭の中のイメージはおぼろげだ。
しかし手がそのおぼろげなイメージを修正して正しく描いてくれるのだ。
うさんくさい話かな? 手が絵の描き方を覚えるなんて。
しかしこれはもうみんな体験している話だ。学校で嫌というほど体験している話なのだ。
「私学校で絵なんか描いてないよ?」
ちがう。 字だ。
字を書くときに皆これをやっているんだ。
字を書くときは皆どういうふうに書いているかな? たとえば・・・
カレーうどん食べたい
この一文を書いてみてほしい。
皆は頭の中で「カレーうどん食べたい」という字の形をイメージしてから書いただろうか?
ちがうはずだ。
字の形なんて思い浮かべなくてもサラサラっと自然に書けたはずだ。
それはまさに「手が勝手に書いた」というような感じじゃなかったろうか?
手が字の書き方を覚えているのだ。だからスラスラ書ける。
もし頭の中で字の形をイメージしてからじゃないと字が書けないというのなら学校でノートに字を書くことはとんでもなく疲労し、時間のかかる作業になってしまう。
しかし手が書き方を覚えているからスラスラと、脳は疲れることなく長文が書けるのだ。
どうだろう? 少しは私の言うことに真実味が増してきただろうか。
「でもまだ手が絵の描き方を覚えるなんて話ちょっと・・・」
信じられないかい?
ではキミはいったい何文字の字を書けるだろう?
字は「ひらがな」「カタカナ」「漢字」「英語」「数字」などなど
ひらがなだけで何文字あるだろう?

あいうえお。かきくけこ。・・・全部で46文字だ。(だよね?)
もちろん全部書けるはずだ。
じゃあカタカナも合わせると?

92文字になる。(だよね?)
これも全部書けるはずだ。
これだけですでに100文字近くの字の形を手が覚えているということだ。
じゃあ漢字を合わせると? アルファベットを合わせると?
けっこうな量になる。
これは余談だが第二次世界大戦後、アメリカ人は日本人の知能の高さに驚いたらしい。
日本人は「ひらがな」だけでなく「カタカナ」そしてアメリカ人にとっては暗号のように複雑な形をしている「漢字」まで書けるのだ。
「日本人は皆こんなにたくさんの字を使いこなせるのか?もし彼らが我々の英語まで身につけてしまったら・・・」
ゾッとしたらしい。
だから戦後、アメリカ人は日本人が英語を身につけにくくするため英語の教科書をメチャクチャな文法にしてわかりにくくしたらしい。
「あなたはメガネですか?それはリンゴでしょう?」みたいな。(テレビでやってた)
我々日本人は昔から多彩な字の形を書けるように教育されているのだ。
これを誇りに思ってほしい。(最近は活字離れで漢字を書けない人が増えているが。私も含めて・・・)
手は多才だ。字の書き方だけではない。
ゲームする時だって手はコントローラーのボタンの配置はおろか、操作方法も記憶している。格闘ゲームなんてとくにその記憶力を発揮してくれる。
ピアノだって複雑な鍵盤の配置を記憶し様々なメロディーを弾いてくれる。
物作りのように微妙な調整、細かいところも手が調節してくれる。
人間の手はすごいのだ。

模写では手は描き方を覚えてくれない
ではどうやって描き方を手に覚えさせることができるだろうか。
模写? と思うかもしれないがそれはNOだ。
前々回の記事で書いたが私は模写を何年も続けたが、模写で上手くなったのは模写だけだった。自分で描きたいものを考えて描く力はほとんど身につかなかった。
その記事「模写をする意味はあるのか?絵は考えて描かないと上達しない!」
そして絵の描き方も手は覚えてはくれなかった。やはり考えて描かないとダメなのだ。
私のオススメ方法は写真や上手い人の絵を参考にしながら描くことだ。
丸写しの模写ではダメだ。あくまでも参考にとどめることだ。
例えばここに1枚の女性の写真がある。

この女性の服、スタイル、顔、髪型などを参考にこの女性を描くのだ。
まったく同じポーズの模写ではなく、別のポーズを描く。別のアングルを描く。別の表情を描く。
似せる必要はない。参考でよろしい。
男性を描くときも、車を描くときも、家を描くときも、最初は写真から入るほうがいい。
もちろん絵を参考にしてもいいが上手い人の絵か、「自分はこういう絵が描きたい!」という自分にとっての理想の絵を参考に絵を描いてほしい。
間違ってもヘタクソな絵を参考にしてはいけない。
それだと変なクセがついてしまう可能性がある。
ドラゴンボールの絵を真似する人が多かったドラゴンボール全盛期
ドラゴンボールが全盛期だった頃、ドラゴンボールの絵を真似する人が本当に多かった。
私が通っていた学校でもドラゴンボールによく似た絵を描く子が多かった。私もそうだ。
ドラゴンボールが大好きでドラゴンボールの絵を真似するうちに、私の手はドラゴンボールの絵の描き方を覚えてしまったのだ。
当時はドラゴンボールに似た絵柄の漫画も多かった。皆影響を少なからず受けていた人も多かったようだ。
ドラゴンボールの絵は独特で、目、眉毛、鼻、髪型、服のシワなど、鳥山先生ならではの描き方だった。

しかしその絵柄に似てしまうと「鳥山明のパクリ?」と言われてしまう。
別にその絵柄で鳥山先生が特許をとっているわけではないので似ていても一応問題はない。
しかしあの絵柄は鳥山明のものだと世間が認めている。
だからあの絵柄で漫画を描いたりするとパクリだと言われ、その漫画はそれだけで認めてもらえなくなる可能性がある。
私も学生時代に授業中ラクガキとして描いていたのでドラゴンボールの描き方がクセになっていて私の描く漫画の絵は要所要所でドラゴンボールになってしまい、その都度描き直していた。
このクセから抜け出すのには苦労させられた。
だから個性の強い絵を参考にするのはオススメしない。
まずは実物の人間を参考に描いていき、人物を描く事に慣れてきたら自分の絵柄を作り出しはじめるのがいいだろう。
絵は短所を補うのではなく、長所を伸ばそう
サッサッサーっとすごい速さで描ける人は手が描き方を覚えているからだ。
しかし手に描き方を覚えさせるには何度も描かないといけない時間のかかる作業だ。
全ての物の描き方を覚えるのは不可能に近い。
だから何でもかんでも描くんじゃなく、あなたが何を描きたいか?そこに絞ったほうがいいだろう。
野球漫画を描きたいならピッチングフォーム、バッティングフォーム、グローブ、スパイク、帽子など、野球に関連するものを。

レース漫画なら車やバイク、道路などの背景。

絵を描けるジャンルは広く浅くではなく、狭く深く。得意分野を作ろう。
何でもかんでも描いていたら全部中途半端にしか描けなくなる。
だから「これだけは自信をもって描ける!」というのが1つや2つあるようになろう。
それがきっとキミの武器になる。
最後に
え~今回の「手が絵の描き方を覚える」いかがだったでしょうか?
4記事にわたって模写、絵の勉強法、コツを書いてきましたがちょっと長くなりましたね。
次回の記事ではこの4記事で書いたポイントを1記事にまとめたいと思います。よりわかりやすくなるよう頑張りますので次回の記事も是非読んでくださいね。
今回も長文お読みいただきありがとうございました。
それではまた次回の記事で。







次の記事「絵が上手くなるための方法がこれだ!絵が上達するベストな勉強法!」






