前回の記事「夢を追いかけてる人は日々の努力を日記やメモしておくことをお勧め

 

今回の記事は土塚 理弘(とつか まさひろ)先生作の「清村くんと杉小路くんと」という漫画を紹介しようと思ったんですが・・・どっちかというと漫画より土塚先生のことについて話したいことがあるので今回はそのことについてお話しさせてください。(漫画の紹介もする)

ハッキリ言ってこの人ほどトントン拍子に漫画家になれた人もそういないと思うんですよね。

 




 

その経歴を紹介

 

19歳の頃にギャグ漫画「ねこパンチ」をエニックス(現スクウェア・エニックス)に持ち込み。

その時の担当のアドバイスを受けて「清村くんと杉小路くん」という漫画を月刊少年ガンガンに投稿。

なんとこれが第8回エニックス21世紀マンガ大賞で準大賞を受賞する。

この作品は月刊少年ギャグ王の1999年2月号に掲載された。

ちなみにこんな感じの絵です。

 

 

作者も認める手抜き作で、締め切り間近にさらりと描いてさらりと出して、出したことも忘れていたらしいです。

しかもこの作品は深夜の病院のゴッツゴツの机の上で描いたんだとか。(なぜ病院にいたかは不明)

そしてこの漫画の表紙がこれ。

 

 

一応三部作になっていて、その3つすべての表紙がさっきの画像のように「天の巻」「火の巻」「心の巻」と超手抜き。

この作品はタイトルも含めて勢いとノリで描いたらしく、要所要所で手抜き感が目立つ。(定規を使うのも面倒だったらしい)

 

こんなふうに勢いとノリで漫画を描いたことがある漫画家志望の人はたくさんいると思いますが(私も含めて)でもそんな作品が賞を取っちゃった人なんてなかなかいないんじゃないでしょうか?

しかも入選や佳作ではなく準大賞・・・。

さらに受賞後すぐにこの作品の連載が決定!

 

賞を取った人ならたくさんいるでしょうが、そこから連載までもっていけず消えていく漫画家が多いなかで、この人はあっさり連載まで決定してしまう。

いるんだなぁ~こういう人。

漫画家には運も大切とはよく言われますが、それがよくわかる例ですね。

でも賞を取った作品は絵こそちょっとアレでしたが、内容はちゃんと面白かったです。この人は実力もちゃんとそなわっているのです。

 

連載までにもいろいろ活動

 

連載が決定したからといって少年ガンガンのような月刊誌はすぐに連載とはいかない。

連載までには1年の期間があると言われ、その間に土塚先生は連載となる「清杉(長いタイトルだから略します)」の50話分のネームを描き溜める。

さらにストーリー漫画「グリーンライン」(未発表作品)のネーム約1000ページ分も描き溜める。

 

さらにその期間に月刊少年ジャンプ(週刊じゃないよ)の第51回赤塚賞で「ほほえみのある城」という漫画を応募。

見事佳作を受賞している。(他社に描いてよかったのかな?)

その数年後には週刊少年ジャンプやその増刊に読み切り作品を執筆している。

その作品は私も読んでいて、「あれ? なんで土塚先生がジャンプに?」と思ったことを覚えている。

 

 

で、「清杉」の連載が始まる前に少年ガンガンで3回ほどギャグ漫画「1/Nのゆらぎ」(この漫画もすごく面白い)

 

 

という漫画を短期連載したあと「清村くんと杉小路くんと」の連載をスタートさせる。

 

 

で、ここで当然連載までに描き溜めた50話分のネームを使うわけだが・・・なんとこの作者は最初からそのネーム50話分を使い切って「清杉」の連載を終わらせるつもりだったのだ。

 

連載前から終わりを見据えていた連載

 

普通の人ならやっととった連載を少しでも引き延ばそうと必死になるでしょう。

描き溜めた50話分+連載中にも当然ネームを作って少しでも長く連載にすがりつくでしょう。

しかしこの人はちがった。この「清杉」を長く続ける気はまったくなかったのです。

作者にとってこの「清杉」の連載は次の本命連載のためのウォーミングアップにすぎなかったのです。

 

どういうことかというと、土塚先生はストーリー漫画を描きたかったのです。

しかし漫画家になりたいと思ってからいくつかストーリーを考えるが、思いつくのは連載ものの長編設定ばかり。

漫画家へのステップアップのためにはまず漫画賞を取る必要があったが、短編の漫画など思いつかず、絵もショボい。

土塚先生は短編が苦手だったのです。

ここで思いついたのが「ギャグ漫画描けばいい!」でした。

ギャグならページ数少なくてもいいし、絵も多少ショボくてもOK。

そう思ってから以降、土塚先生はギャグ漫画をいっぱい描いたそうです。そうやって連載にこぎつけたわけです。

しかし作者の本命はあくまで長編ストーリー。

だからこの「清杉」は漫画を描き慣れるための・・・そして連載に慣れるための練習にすぎなかったのです。

 

さらに土塚先生は学生時代の頃から構想していた「マテリアル・パズル」という漫画を早く描きたくてしょうがなかったようで・・・この「清杉」は50話以降続ける気はまったくなかったそうです。

だからコミックスの1巻から「この漫画は全4巻くらい」と堂々と公言していた。

 

 

 

 

人気があったのに・・・。

 

そして普通の人なら連載中に心配するのが「打ち切り」の可能性。

連載が軌道に乗るまでは多くの漫画家が読者アンケートやコミックスの売り上げを気にするものですが、この作者はそんなことまったく考えてなかったそうです。

「人気が出なくて50話も描けないかも・・・。」とかも思ってなかったそうです。

メチャクチャのんきに描いてたそうです。

 

・・・それは自信からくる余裕なのか? それともただ楽天的だっただけなのか?

どっちなんだろう。

 




 

マテリアル・パズルも順調

 

「清杉」終了後、すぐに休むことなく「マテリアル・パズル」を連載させてもらえる。

 

 

しかもこれが人気作になり順調に連載を続けられる。

 

 

全20巻という長編となりその後、外伝となる「マテリアル・パズル ~彩光少年~」(全2巻)も描かせてもらえた。

 

 

 

しかもそれだけで終わらず作画は別の人(吉岡公威)に描いてもらい、原作担当となって「マテリアル・パズル ゼロクロイツ」という作品も描かれている。(全9巻)

 

 

 

その後は「BAMBOO BLADE」(全14巻)という漫画を原作担当として(作画 五十嵐あぐり)連載開始。

 

 

その作品はアニメ化もされ単行本発行部数が320万部を超えるヒット作となった。

 

 

・・・・本当に・・・本当に漫画家として挫折をほとんど知らないような人の気がする。(いや、もしかしたらメチャクチャ苦労された時期もあったのかも)

やっぱりいるんだよな~こういう人。

ふつうは漫画家になろうと思ってもなれるものではない。

でもこの人は「漫画家? ふつうになれたけど?」って感じの人。しかも出された作品はちゃんと結果を出している。

 

漫画「バクマン」で成功する漫画家は大きく分けると2タイプいて「自分の描きたいこと、好きなことを思いきり描いてヒットする天才タイプ」もう片方は「計算しつくしてヒットを出すタイプ」

 

 

そう語ってるシーンがありましたが、この土塚先生はあきらかに前者の天才タイプでしょう。

正直言って私は漫画家を目指してたとき、この人を見て「漫画家って簡単になれるもんなんだなぁ~」って思いました。

でもそうじゃなかった。

この人だから簡単になれたんだ。

運と実力。そして行動力も兼ね備えた土塚先生だからこそなれたんだ。

私もこんなふうに漫画家になりたかった。

・・・いや、私がこんなふうにトントン拍子に漫画家になれちゃってたらきっと天狗になってた。

編集者さんとかにも「漫画? 描いてやってもいいけど・・・。どうしよっかなぁ~?」とか生意気なこと絶対言ってる。

バカだったからなぁ~昔は。いろんな意味で子供だった。

だから私には挫折は絶対に必要なものだったんだ。

それを経験したからこそバカだった私も少しは人間的に成長できた気がする。

まぁその話はいいや。

 

で、その土塚先生が描いた「清杉」ですけど・・・すでに長い記事になっちゃってますので次回で紹介させてください。

「別に興味ないけど?」って人もいるでしょうが、私はギャグ漫画も描いてた時期がありました。

で、この人の漫画の影響を受けた部分もたくさんあるので過去に私が描いた漫画を紹介する前にこの土塚先生のギャグ漫画は絶対に紹介しておきたいのです。

 

というわけで今回の記事はここまでにします。

次回は「清村くんと杉小路くんと」の漫画を紹介しますので興味がある方もない方も読んでもらえると嬉しいです。

それではまた次回の記事でお会いしましょう。

 


 


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