前回の記事「模写を鍛え直すとは言ったが・・・限度ってものがあるよね?」

 

今回は

 

「なぜ絵が上手い人は正確で精密な絵が描けるのか?」

「模写が上手く描ける人、描けない人の違いは何なのか?」

 

などをいくつかの本から得た情報と、私自身の絵の体験をもとに考え、まとめた内容です。

 

今回の記事は、どう説明すれば皆さんに理解していただけるか?

かなり悩んで頑張ってつくった記事ではありますが、わかりにくかったら申し訳ないです。

 

 

なぜ絵が上手い人は絵が描けるのか?

 

まず、絵が上手い人はなぜ絵がサラサラと描けてしまうかというと、絵が上手い人の脳の中には物の姿、形、映像(言い方はどれでもいい)が入っている(記憶されている)からです。

 

で、その脳の中にある映像を外に出す(紙に描く)行為が「絵を描く」という行為です。

 

ですが、絵が描ける人は脳の中に描きたい映像が鮮明にイメージできているかというと、そうではありません。

おぼろげです。

おぼろげだからこそ、絵が上手い人でも資料がないと、正確にものを描くことができないんです。

しかし資料さえ見れば、パッと絵が描けてしまうのは、絵が上手い人たちの脳の深い根底・・・「潜在意識」には、今まで描いてきたものの姿、形や映像が記憶されているからです。

 

あなたは親の顔や親しい人の顔を鮮明に、正確に思い出すことができますか?

思い出そうとしても、のっぺらぼうみたいにボヤ~っとしか思い出せないはずです。

しかし、たくさんの人の中から親の顔や親しい人の顔を瞬時に特定することはできるでしょう。

なぜなら世の中にはそっくりさんが3人はいると言いますが、そのそっくりな人たちが出会ったり、となり合ったりすることなんて、めったにないからです。

整形大国韓国の美人コンテストくらい、そっくりさんが集まってしまうと親の顔でも見分けがつかなくなるでしょうが。

普通の生活では誰の顔かを判断するには、おぼろげな顔の映像記憶で十分なのです。

 

しかし紙にその姿を描くとなると、おぼろげでは描けません。

その人の目は一重か? 二重か?

つり目か? たれ目か?

鼻が少しでも大きくなっちゃうと違った顔になっちゃうし、顔の頬が少しでも広がっちゃうと「太った」

細くなると「痩せた」

たった1mmの線のズレが、人の顔を別人にしてしまいます。

ちょっとの線の歪みやバランスの悪さが、デッサンを狂ったものにしてしまいます。

絵を上手に描くという作業は、思った以上に繊細な作業なのです。

だから脳の中にある映像は、簡単には描くことができないのです。

描くためには特別な訓練がいるのです。

 

それが・・・「絵を描く」という訓練です。

 

なぜ模写をすることで画力が上がるのか?

 

絵が上手い多くの先人たちが「画力を高めるには模写をすること」だと言っていますが、模写をすることでなぜ絵が上手くなるのかというと、

 

模写とは脳の中に描いたものの姿、形、映像を入れる最適な手段だからです。

 

模写を繰り返し、繰り返しすることで、脳の中に描いたものの姿、形を記憶させるのです。

 

上手く描けるということは、そのものの姿、形が記憶されてるという事。

上手く描けないということは、そのものの姿、形が正しく記憶されていないという事・・・だと私は考えます。

 

例えば、あなたが模写が全然上手く描けないとします。

そして、そんなあなたに今からこの画像に写っている「リンゴ」を模写してもらうとします。

 

 

おそらく、上手くは描けないでしょう。

しっかりリンゴを見て、紙に描き写そうとしても、上手くは描けないはずです。

なぜならあなたはリンゴをしっかり見て、観察してるつもりでも、あなたの脳はリンゴというものの形をおぼろげにしか認識できていないからです。

 

せいぜい・・・この程度です。

 

 

色すら正しく認識できていません。

姿、形もまるで視力の低い人が、遠くのリンゴを見てるかのようにボヤ~とした形でしか認識できてないのです。

 

なぜ色すら正しく認識できてないと言えるのかというと、あなたはこのリンゴを資料を見ずに、正確に塗れますか?

たぶん無理でしょう。

せいぜい赤で塗ってみる程度でしょう。

その「赤」という色も、映像で記憶しているのではなく、「リンゴ=赤」だと、知識で記憶しているからです。

だから正しく鮮明には塗れません。

 

では、形がボヤ~っとしたものでしか記憶できてないという根拠は?

それを説明します。

 

ボヤけた映像記憶では正確なアタリはとれない

 

まずこのリンゴを模写するとき、

 

 

多くの人が外枠からざっとしたアタリをとっていくと思います。(私はそう)

「アタリをとる」とは・・・絵の目安というか・・・目印というか・・・そういうものをざっと描くことをいいます。

 

で、このアタリを今、サッサと描いてみせましたが、

 

 

時間にして3分くらいで描けました。

上手い人はもっと早くて正確に描けるでしょう。

私はリンゴはあまり描き慣れてませんが、今回のために何回か描いたので、まぁ・・・アタリくらいならすぐとれます。(絵はここからが大事であり、大変でもあるんだけど)

 

で、リンゴを描き慣れていない、というか模写すらろくにしたことがない人は、アタリの段階ですでにつまずくと思います。

リンゴはすぐそこにあるのに、あなたの脳がリンゴの形を正確に把握できていないので、アタリをとることも難しいのです。

なので、脳はおおよその線(アタリ)の場所の目安を立てます。

 

こんな感じで。(※灰色があなたの脳が引くべき場所だと判断した線の予想範囲)

 

 

で、あなたの脳はリンゴの外枠をこの灰色の範囲内だと目安を立てて、あなたはそのあたりを何とな~くで線を引いて、絵のバランスをとろうとするはずです。

 

 

あとはあなたの「目」で、リンゴの写真と、あなた自身が今描いているリンゴの外枠の線を見比べて、脳ではなく目で、見比べながら最適であろうアタリの位置を判断するしかないのです。

 

 

なぜ脳は描き慣れてないものをこのようにボヤ~っとしか認識できてないかと思ったかというと、これは私自身の体験からそう思ったことです。

私は模写を集中的にやってきたのは主に「人間」だけです。

それ以外はほっとんど描いてきてません。

私は漫画家になりたかったので、とりあえず画力を高めようと模写を始めましたが、人間を描きたかった私は人間以外を描く気にならなかったのです。

それも・・・裸体や筋肉ばっかりを描いていました。

なぜ裸体や筋肉ばっかり描いてたのかはここでは省かせてもらいますが、とにかくそればっかり描いてました。(ガチホモというわけではない)

そのおかげか、人間の裸体を描くのはちょっと自信があります。(ちょっとね)

 

今からそれを描きながら、「ボヤ~っとしか認識できてない」ことについて説明します。

 

 

描く前から絵を把握するスピードが全然ちがう

 

じゃあ・・・これを描こう。

 

 

トレースしてない証拠としてアナログで描きます。(アナログでもトレースできちゃうけど、そこは信じてもらうしかない)

絵が皆さんに見えやすいように、今回は濃い鉛筆(6B)で描きます。(普段はHB)

 

 

まず写真を見て、どういうふうに描き写すかのイメージというか、紙に描きたい絵を念写するというか・・・それを1分くらい。

 

イメージが固まってきたら、とりあえず描いていく。

 

 

手の位置に少し手こずった。

 

 

顔でもっと手こずった。

 

 

とりあえず主線となる部分は描けた。

この間、30分くらい。

ここから描き込んでいく。

 

 

描き込んでいく。

 

 

出来ました。

約1時間半で完成です。

 

 

 

ガチレベルの人にはほど遠い模写ではありますが、まぁまぁの絵が描けたのではないでしょうか?

 

 

じゃあ次は、私が描き慣れていない・・・というか、ほっとんど描いたことないものを描いてみようと思います。

それじゃあ・・・「自転車」に挑戦してみようかな?(リアルで1、2回くらいしか描いたことない)

 

 

これに挑戦してみます。

 

先ほどと同じように、まずは最初にこの自転車を白い紙にどのように描いていくかのイメージというか・・・この自転車の形を感じとる作業に入りますが・・・わからん。

 

う~ん・・・とりあえず、タイヤはこのあたりに描いてみる?(勘)

 

 

サドルの位置とか・・・けっこう適当。

上手く描けない絵の見本だから、適当でいいや。(おいっ)

 

 

ん? 意外と上手く描けてないか?(タイヤ以外)

 

 

カゴとかめんどくせーっス。

こんなのミリ単位で似せようと描く人は本当にすごい。

 

 

あぁ・・・。

タイヤ歪んでしまった・・・。

 

 

とりあえず完成。

こっちも1時間半くらいで妥協しました。

 

 

ん~? 意外と上手く描けたなぁ・・・。(タイヤ以外)

もっと歪みまくると思ってたけど・・・。

でもこの自転車はまぐれ的な部分も大きかったと思います。

もう一回描いてみろって言われたら、どうなるかわかりません。

それに最近模写ばっかりしてたから、絵を似せて描く能力だけは上がってたみたい。

 

 

先ほど私は人体をスラスラと短時間で正確なアタリをとって描いてみせましたが、なぜ短時間で正確に描けてしまったかというと、私の目には描く前から白い紙に、これから模写する人体の姿がうっすらと見えていたからです。

見えていたというか・・・何というか・・・言葉で説明するのが難しいですが・・・とにかく「これから描く人体の姿、形が感じとれた」

 

あとはその紙に感じとった残像?を基に、上から描いていったような感じです。(おぼろげなんだけど、不思議と描けるんだよね)

 

これと同じように自転車も、描く前から白い紙に残像を紙に写しこもうとしました。

しかし人体とは違い、非常にブレたものになったというか・・・私には正解の形が感じとれなかった。

 

絵というものは細い線で形を描き、整えながら描いていく作業です。

ちょっとでもブレがあると、絵は歪み、「デッサンの狂った絵」といわれてしまうものが完成します。

ちょっとのブレが命取りなのです。

 

脳が物の形をバランスよく、正確に記憶しているのなら、その歪んだデッサンの狂いは描きながら修正できます。

私は人体を描いてるとき、間違った部分にアタリをとったり、線を引いてしまったりすると、すぐにその絵に違和感を感じます。

その違和感はさっき引いた線が「ちがう」「その位置ではない」というような、不快感のようなもので教えてくれます。

そしてすぐに正しい線の位置が見えるというか・・・感じとることができます。

 

しかし描き慣れていないものは、私の脳内に正確に物の形や姿が入ってるのではなく、ブレた・・・歪んだものの形として入っているので、模写をして絵が歪んでも、私の脳の中には歪んだものの形として入っているので、その絵がおかしいとは認識できても、どこがおかしいのか具体的にはわからないから修正できないのです。(さっき描いた自転車のタイヤがいい例)

 

きれいに描けるようになるためには、描きたいものの形を正確に脳に入れる必要があるのです。

そのために最適な訓練が「正確で精密な模写」です。

これをくり返すことが必要なのです。

 

 

迷い線の多い絵を描く人は・・・

 

絵が上手く描けない人は、脳の中で物の形がボヤ~っとしか認識されていないという根拠はもう一つあります。

「迷い線」というものを知っているでしょうか?

絵を描くときに、何度も何度も線を引いてしまうアレです。

その線で描いた絵はブレたものになってしまいます。

 

 

あの迷い線は、絵が未熟な人ほど多いです。

ではなぜあのように何度も何度も線を引いてしまうのでしょうか?

 

例えばこの「スライム」を描くとします。

 

 

スライムの形を正しく認識できている人の脳は、スライムを描くために必要な線の位置をこのくらいの範囲に絞って予想してくれます。(こんな全体的にきれいにパッとは予想できないだろうけどね。あくまでこれは例)

 

 

予想範囲が狭いので無駄に線を引くことなく、最小の線で納得のいくスライムが描きあがっていきます。

こういうシンプルなデザインの絵は、ちょっと線がズレただけでデッサンの歪みが目立ったものになってしまいますが、脳がちゃんとスライムの形を把握できてるのなら、歪みや修正箇所はすぐわかるので、最終的にはバランスのいいスライムが描けます。

 

しかしスライムの形を正確に認識できてない人はスライムのアタリをとったとしても、このように広い範囲でしか、描くべき線の予想範囲を絞れません。

 

 

その広い範囲に正しいと思われる線を「ここか? いや、ここらへんか? いや、ここらへんかも?」と、自分の脳と確認し合うように、多様に線を引いてしまいます。

 

この多様に線を引く作業は、正解と思われるであろう線を必死に探している作業ともいえます。

 

迷い線の少ない絵が描ける人は、正解であろう線の予想範囲が自然に絞られているので、無駄に線を引く必要はありません。

迷い線の多い人は、正解であろう線の予想範囲が広いので、線を引きまくってブレた絵になってしまいます。

 

 

最小の線で最良の絵を描くには、脳の中に正しいものの姿、形を記憶させ、描くべき線の予想範囲を絞ったものにしなければなりません。

そのためにも、正しい物の形を正しく脳に入れる「模写」という学習法をまずはするべきなのです。

 

 

・・・いかがだったでしょう?

絵が描ける人と描けない人の違い・・・みたいなのを頑張って説明しましたが、ご理解いただけたでしょうか?

もしこの理論に納得していただけたのなら、是非次も読んでいってください。

 

では次回は絵を勉強する上で、とても大切なことをお話ししたいと思います。

 

これを意識するかしないかで、同じ模写をするにしても絵の成長は全然違ったものになるでしょう。

 

 

・・・ちなみに、今回「姿、形が記憶されてるから描ける」と、「記憶、記憶」と言ってますが、絵を描き続けていると初めて描くものでも描けるようになります。(上記で私が描いた自転車のタイヤ以外がその例)

なので「記憶されてるから」という理論に疑問をもたれる方もいると思います。

なぜ絵を描き続けてると初めて描くものでも描けるようになるのかは、次の次の記事で補足としてお話ししていますので疑問をもたれた方、もう少しだけ読み進めていってください。

 

それと、今回とその後の記事の内容に異論や反論がある方もいらっしゃるでしょうが、それらのコメントに対し、私は反論も返信もたぶんしません。

絵の描き方や感じ方なんて人それぞれなんで、万人を納得させるようなことは言えないからです。

なので「私はこう思うよ? でもあなたはそう思うんですね? なるほど。」という感じで、参考として受け止めさせていただきます。

けっしてコメントすんなというわけではないです。

私はまだまだ全然絵が未熟ですので、勉強になることはいっぱいありますからね。

ただ、その都度議論してるとキリがないし、何より疲れてしまうのでスルーしちゃうだろうけどゴメンねということです。

 

 

では、興味がある方は是非次回も読んでいってください。

それではまた。

 

あー・・・疲れた。

 

 


人気ブログランキング

 

次の記事「絵の上達法。絵は「線」ではなく「面」で立体的に捉えて描け」